書家による抽象表現展Ⅲ

2019.5.13(月)~18(土)ギャルリー志門

14人の書家による非文字作品展。非文字作品だから書ではない。それをあれこれ言う必要はない。文字をメインにすれば書、そうでなければ書ではない。例えば画家が画面に文字を入れても書とは言わない。書にこだわる人がつじつま合わせの理屈をこねているようなものだ。上田桑鳩が「品」という作品を書いたときお孫さんが歩いてきた。その可愛さを感じてそ作品題名を「愛」としたという話がある。作品そのものに「愛」を感じるかどうかが大事なのに、ちょうど歩いてきた孫が可愛くて作品名を「愛」にしたという、かなりポイント外れの観念が堂々と日展を闊歩していたのだから、前衛書などといっても観念過剰としか言いようがない。また濃墨でこれでもかこれでもかと書き連ねていく作品も多い。はじめに濃墨ありきも考え方としては浅い。有法と無法の違いを理解をしなければならない。有法は孔子的であり無法は老子的である。わが翠軒翁は荘子の哲学を背景に持った。チャラチャラ字を書いてお楽しみの道具にするような次元とは一線を画す書格の高さが翠軒先生にはあった。

時代の流れから自分の書格を高める意志を持ち本来の書の正当とは何かを探求する意思を持たずして、楽しく、軽く、人と金が集まれば、極端な話、何でもありのごとき現今の様相は危うい時代の姿でもある。そこに警告を促すことができればこのグループ展を開催する価値はあるだろう。出品者諸氏にこの自覚アリやナシやは不明である。

書家による抽象表現展Ⅲ

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