チェコ交流2019

JETRO岡山のオファーで11月14日に来日したダリア女史は酒と日本食のイベントに参加して全日程を終え11月21日夜に我が家を訪れた。2016年、日本食文化普及活動をしている世界100カ国の中から選出される5人の1人に選ばれたダリア女史は、パートナーのギンさんと共に来日した。ホテルでその表彰式があり、農林水産省が関わっているため、安倍首相や当時の農林水産大臣も出席しで執り行われ、受賞者の5人は、それぞれ、自国での活動についてスピーチした。ダリア女史は、プラハにある日本レストラン・ミヤビのオーナーとしての諸活動を話した。実際、私はチェコで書道のワークショップを何度も開催したが、殆どいつもダリアさんが通訳をし、サポートしながら、日本食やお茶事を提供していた。それは、誰が相手でも変わらないことだったろう。


これ以来、日本からのオファーが増えたようだ。次年には、大阪のイベントに招待された。彼女の努力が本物であることの証左となっている。


22日午前中、ダリア女史は合羽橋で買い物をした。その時は、レストランオーナーの顔になっていた。雨の中、予定の品物購入のためにお店を探し品物を探して、買物を済ませた。


それから、麻布区民センターで今日から開催している「駅」という演劇を観た。私の友人で、プロデューサーの高畠久さんが演出している演劇だ。ダリア女史は、乗り気ではなかった。お付き合いで一緒に来たのだが、演劇は彼女の涙を誘った。自分の人生と重なるところを感じた。観て良かったと彼女は感じた。終了後、高畠久さんや駅長役の方たちとダリア女史は、親しく会話を交わした。

チェコ交流

有縁の国がある
私にとってチェコ共和国がそうだ
チェコの民族音楽家マトウシェク氏が尺八の修行に来日した1996年
10月4日に彼は私の江古田教室を訪れた
11月18日に帰国するまでに3回しか稽古できない
その3回で書道の本質を知りたいという希望が彼にはあった
その希望が叶うかどうか、書道教室に逆面接して、私が3軒目だという
彼の希望を受け入れて稽古が始まった
音楽は音を楽しみ、書は用筆を楽しむ
筆線には良い線と悪い線がある
筆毛のクッションを使うと良い線が生まれる
筆毛をプッシュすると筆の機能は人為的になる
それを円運動で練習する
 
感覚の良い彼は1回目の稽古でかなりにマスターした
漢字を知っているかと聞くと彼はバンブー(竹)と言った
尺八を学びに来た彼だ
竹を楷書・行書・草書で書いてみた
なんと すばらしい行書ができた
彼もファインと笑顔を見せた
2回目は「松」
3回目は「梅」を書いた
3点を軸装して彼に贈った
彼は11月18日にチェコに帰って行った 
 
初訪問
それらを見ていた通訳のピアニスト真里さん
移山さんチェコに行こうよ と言い出した
私の周囲でもその声が高まった
それで 真里さんの案内で初めてチェコに行った
今から14年前の12月のクリスマスの時期だった
プラハは雪
チェコは音楽の宝庫でもある
真里さんは音楽家だ
ある日「移山さん 私用事があるから一人でバスチケットを買ってきてね」
と有名な時計台の下で言われた
困った困った
私は英吾もチェコ語も喋れない
見栄を張って 「うん分かった」と言って私は歩き出した
途中 レストランで店主が呼び込みをやっていた
私は一端その前を通り過ぎまた引き返してお店に入った
店の客がジロジロ私を見ていた
メニューがさっぱり分からない
一番上のものを注文した
とにかく食べて店の女の子にバス停への行き方を聞いた
その子は地図を広げて親切に教えてくれた
お礼を言って店を出た
出るときに店主に書道を知っているかと聞いた
知らないと店主は言った
私は「心」を書いたはがきサイズ作品を彼に渡した
それから歩いてバス停に向かった
日本でバスチケットを買うのにこんな苦労はしない
国が変わると大変だ
ことばは大事だとつくづく思う
せめて英語が話せれば楽になるのだがそれさえ不如意だ
とにかく切符を買うことができた
面白いものでこの小さなひと仕事が私の足取りを軽くした
地に足が着いてきた
気持ちも軽くなり落ち着いてきた
プラハという町に少しなじんだような気持ちになった
 
クリスマスイベント
バスで向かったのはハラデッツクラロベー市だ
クリスマス会のイベントに参加する
剣道連盟主催だ
中心者の女性剣士とは日本で会っていた
バスが無事に着いた
彼女は他のメンバーと私を待っていた
ホテルの部屋に荷物を置いてチェコ人青年と何とか交流協会の日本人のアパートに行った
この市に日本人は数えるほどしか住んでいない
確か7,8人だったか 
その日本人と今度は私の部屋に戻った
疲れている私は少々神経質になっていた
夕食時のこと
打ち合わせも兼ねていたが私はどうも場になじめない
隣の年配の婦人がテンション高く騒がしい
初参加の私に親切でない
日本人が少ない町で日本文化を紹介するのにこんなことでいいのか
私の心が苛立っていた
私の知っている行書の書道の先生が・・・と婦人に話しかけられた
行書の書道の先生?そんな先生いるんですか?と私は聞き返した
ああ仲良くなければいけない
私は若かった
場の空気も悪い
食事後そそくさと部屋に戻った
女性剣士が私の後を追って部屋に来た
大人になってくださいと彼女は言った
 
剣道の初稽古とカレー事件
クリスマス会は日本で言えば新春の初稽古と同じ意味を持つようだ
午前のイベントが終わった
昼食は日本人スタッフによるカレーが振舞われる
チェコ人剣士の案内で食堂に向かった
私が入ろうとすると入口で昨夜の婦人が「カレーありません」と言いながら両腕で胸のところにバツを作った
私は体育館に引き返した
ひとりベンチに座った
腹が立っていた
こういういやがらせをしかもチェコに来て日本人にされるとは思いもよらなかった
情けない
帰りたい
ばかばかしい
が ここはチェコだ
帰ろうにも帰れない
そうこう思っていると また チェコ人剣士がやってきた
食堂に案内された
カレーが用意されてあった
カレーを作った日本人たちはそ知らぬ顔をしている
ムカッとした
カレーを頭からかけてやろうかという衝動も涌いてきた
だが さすがにそれはできない
イベントぶち壊しになる
私は静かにカレーを食べた
食べ終わって日本人スタッフににこやかにお礼をいい部屋を出た
 
書道初講習大成功
私は思った
書道講習を大成功させてやろうと
そして精一杯やった
参加者は皆大喜び
体育館のすそで かの婦人が様子を見ていた
すぐにその姿が見えなくなった
子どもたちの書道講習を見ていた大人の剣士たち
体育館隅に移したテーブルに集まって彼らも講習時の円運動をやっている
関心が生まれたのだ
筆の機能を実感したいのだ
すべてのイベントが終わりイベント担当の各人が挨拶をした
私が挨拶を終えると大きな拍手があった
勝った と私は思った
 
パルドウビツエ書道講習
プラハのとある喫茶店でも書道講習会開催
女性剣士の采配
私の指導法は日本でも珍しいからチェコでは尚更のこと
参加者は大いに楽しむ
円運動は限りなく楽しめる要素を含んでいる
 
日本レストランMIYABI
音楽家マトウシェク氏が私を日本レストランMIYABIに案内した
オーナーはダリア川澄さん
ダリアさんは日本に住んだことがあるから日本語も堪能
ここで書道講習できませんか?
12月26日MIYABI和室で書道講習会開催
クリスマスの時期
チェコ人は家庭第一にこの時期を過ごす
日本人とチェコ人あわせて10人ほどの参加
私の指導法をみな楽しむ
ダリアさんは三つ指をついて「一緒に文化交流をしてください」と頭を下げて言われた
快諾
彼女は茶道でチェコ日文化交流を推進している
以後ダリアさんと私は毎年のようにチェコで書道ワークショップを行なうことになる
実り豊かな文化交流の展開だった
 
チェコ交流第二期(2004~2010)
2000年にネパールに行った
マトウシェク氏の通訳・真理さんが住んでいた家の近くにネパール料理店
そこで何度か真理さんと打ち合わせをした
それからよくお店に伺い食べ、語らった
店の奥さんがネパールの方だった
1998年に彼らがネパールにペンションを作った
必ず来てねと言われて時間が経ってしまった
それで2000年にネパールに行った
チェコに行く予定だったが変更になった
それから4年 チェコへの足が遠退いていた
 
2004
縁がある
この年初心舎メンバーと友人と計6名で4年ぶりにチェコに行った
チェコ日協会主催の書道講習会
高校生を対象とした書道講習会
「食」に関することばを作品にしたMIYABIでの初心展
オペラ鑑賞
合気道グループとの交流
世界遺産の美しい町チェスキークルムロフ訪問・・・
書道を柱にチェコ交流の足跡を残した
 
2005
プラハのDarjaさんから要請があった
レストランMIYABIスタッフに「雅」の字について書道講習をしてほしいという
快諾
MIYABI和室での講習
芸術大学生への書道講習も
シュテファン氏の次女が通う小学校での書道講習
パルドウビツエでの書道講習
トマーシュ氏の居合道グループ主催の書道講習・・・
盛り沢山のスケジュールをこなした
それぞれ盛況だった
 
2006
春と夏にチェコに行った
春は「日本文化展」(プラハ市博物館)参加と夏の盆栽展会場の下見
MIYABI十周年記念揮毫の「雅」字を江戸期以来伝統の和紙を使って額装する仕事も
門人静山さんを同伴
文化交流に必要なことの一つは認め合うこと
だがその頃の私はかなり激しく挑むように物事に対する一面があった
日本文化展の時にそれが出た
次元や差異を超えて物事を運ぶべきであった
ウソを暴くような言動はいけない
意味が分かったときにあのときのあの話はなるほどそういうことだったかと相手が気づくだろう
そういう思がたあった
しかし私は反省しなければならない
内容が真実・事実としても人間感情は別物だ
「雅」額装はとても時間がかかった
MIYABI地下室の事務所奥で作業を続ける
約10枚制作
好評だったが評判になったという
夏に行ったとき その評判の話を聞いた
DarjaさんとMIYABIスタッフが一同に並んで我々を迎えてくれた日
なぜか皆がニタニタ笑っている
レストラン壁面には私の「雅」字
Darjaさんが口を開いた
雅の作品を見て客が噂をしているという
男女の絡みを書いたのかと尋ねる客が多いという
ある婦人は 私が来たときにはあの作品は絶対に飾らないでね と言ったという
「雅」は草書で書かれている
私は驚いた
作品がとてもエロテイックだ
チェコ人たちがそう感じていることに驚いた
それも否定的ではないらしい
客が楽しんでいるらしい
もちろん私にそんな意図はない
以来
私の線をエロテイックだという感想を聞く機会が増えていった


前年暮れに所沢のギャラリー喫茶「ボンデザールのアーテイストたち」で知り合った有縁の作家
線の体験をしたいと初心舎に入会された画家田中芳氏
彼女も参加した「プラハ盆栽展2006」(チェコ国立博物館東洋館)
二人で作品を展示した 

東洋館館長は私たちを歓迎した 

2015
ダリアさんとギンさんが初心舎にやってきた

チェコ料理を作ってくれることになり ご近所や知友にお声をかけ 初心舎定員いっぱいの盛況で 皆さん チェコ料理に舌鼓を打った

 

 

 

チェコ交流2005

チェコ交流2006

イメージギャラリーは空です。

チェコ交流十周年記念展 2007

イメージギャラリーは空です。

2015 3 28 チェコ交流食事会 於・初心舎

イメージギャラリーは空です。

2015 祝MIYABI 20周年 移山個展と交流

イメージギャラリーは空です。

チェコ共和国交流

1996.10.4 
チェコの民俗音楽研究家マトウシェク氏入門
1997.11.18 
マトウシェク氏帰国